新刊紹介 2026

宮台式社会人類学のあとがき

宮台真司・奥野克巳

宮台真司.comをご覧いただきありがとうございます。
編集を担当しております、新田です。

本日は、もうすぐ出る宮台さんの新刊
〝宮台式人類学〟の「あとがき」と、
今回の本を出版するきっかけを作ってくださり、
かつ、共著である奥野先生による「まえがき」をご紹介いたします。

これは単なるあとがきではなく、
宮台思想の根幹となる考え方、
そして宮台さんの〝人生そのもの〟が凝縮された文章です。

先日掲載した映画『天使たち』に関する記事では、
宮台さんの世界の見方の〝軸〟である
「社会時空」と「性愛時空」という区別を
具体的な現場を通して紹介させていただきました。

それは、別々の時空があるという話ではなく、
〝同じ世界を、異なる座標系で見る〟
ということでした。

社会時空とは、

・人は、置き換え可能な存在となり
・誰がやっても役割は回り
・いなくなっても代わりが効く世界

です。

この時空に長くいると、
人は効率や役割の中で、確実に疲弊していきます。

一方、性愛時空とは、

・人が置き換え不可能な存在として現れ
・「あなた」は「あなた」でなければならないという関係が成立し
・代わりが効かない固有性が立ち上がる世界

です。

そこには「回復の回路」が生じます。

宮台さんは、それが恋愛の局面で顕著に現れることから
「性愛時空」と名付けましたが、
これは決して、恋愛に限った話ではありません。

宮台さんが一貫して警告してきたのは、
性愛時空を失い、
合理性、効率化の中で疲弊し、
〝意味〟を失ってしまう社会の姿でした。

では、なぜ回復は性愛時空でしか起きないのか。

その理論的核心を、
宮台さん自身が思考の来歴として語ったのが、
今回の「あとがき」です。

ここで語られているのは、

なぜ宮台真司が
「行為」ではなく「体験」に注目するようになったのか、

という〝転回〟の話です。

私たちはふだん、

・何をしたか
・何を成し遂げたか
・どんな結果を出したか

といった行為や成果で世界を見ています。

社会時空とは、
まさにこの「行為」「結果」が中心にある世界です。

行為は評価され、
比較され、
効率化され、
役割に還元されていきます。

しかし宮台さんは、ある地点から気付きます。

同じ行為であっても、

・それが誰かを回復させることもあれば
・逆に、深く傷つけることもある。

その違いは、
制度や正義や成果では測れない。

それは、

その行為が
どんな〝体験〟を生んだのかによってしか
決まらない。

ここに、
社会時空と性愛時空の分岐点があります。

社会時空では、
行為は「事実」として処理されます。

しかし性愛時空では、
行為は「体験」として受け取られます。

同じ言葉でも、
同じ触れ合いでも、

・置き換え可能なやり取りなのか
・置き換え不可能な関係の中で起きた出来事なのか

によって、
まったく違う意味を持つのです。

今回の「あとがき」を読むことで、
宮台さんが、
社会学という学問の中で
「行為中心の理解」に違和感を抱き、
「体験」という次元へと視座を移していった
その思考の歩みそのものを、
私たちは〝体験〟することになります。

そして、本書の刊行に至る過程において、
宮台さんご自身もまた、
この一冊を書くという営みを、
単なる「行為」としてではなく、
ひとつの〝体験〟として引き受けていたのではないか。

そのように、このあとがきを読んで、感じました。

この本の刊行までの道のりには、
宮台さんにとっても、
いくつもの予期せぬ出会い(ご縁)がありました。

「まえがき」を寄せられた奥野先生、
そして、今回HP編集を携わらせていただいている
私(新田)をはじめとする〝ゆにわ〟のメンバー。

私たちもまた、
このタイミングで宮台さんと出会えたことで、
宮台さんの歩みを、
ひとつの〝体験〟として受け取る時間を
共にさせていただいたように思います。

それは、
宮台さんが抱き続けてきた問いと人生が、
一本の線として結び直される瞬間に、
立ち会わせていただいた、という感覚でした。

ぜひ、この「あとがき」を通して、
その〝体験〟を、一緒に共有できたら幸いです。

前回の記事(映画『天使たち』)および
宮台真司のストーリーとあわせてお読みいただければ、
より立体的に響くはずです。

「宮台式人類学」は、
2026年3月より全国書店にて刊行予定です。

本書を読み終えたあと、
もう一度この「あとがき」を開いたとき、
きっと別の手触りが立ち上がるでしょう。

それでは、どうぞ。

あとがき――行為から体験へ

宮台真司

今朝起きたら頭の中でキング・クリムゾン4thアルバム『アイランド』(1971年)の「レディース・オブ・ザ・ロード」が鳴っていた。夢には必ず意味がある(と思い続けてきた)ので直ぐ実際に聴いてみた。夢で聴きながら分析していたのと寸分変わらなかった。7拍子のヘドロみたいなパートと4拍子の天使みたいなキラキラパートが何度も入れ替わる。そして歌詞はエッチ過ぎる。ドロドロとキラキラが恋を捧げた相手(女)の姿に対応していた。

 1st『クリムゾン・キングの宮殿』(1969年)は『アーサー王伝説』の如くひとつの異世界を創り出すコンセプトアルバムで、ビートルズ『アビイ・ロード』と同年に英国年間チャートの5位にもなるプログレの金字塔だったが(昨年末のファクトチェックまで年間チャート1位とされていた)、ロバート・フリップ(バンマス)の統制が厳し過ぎると主要メンバーが脱退した2nd『ポセイドンのめざめ』は、気が抜けたサイダーだった。それからこの4thに到ったのだが、批評家らは「何がしたいのか!」と怒りまくった。

 各曲には「島」が歌詞に入るもののコンセプトの一貫性は放棄され、アルバムどころか各曲毎にさえ前衛ジャズと爆音ロックと爽やかフォークと佳作クラシックが予測不能に混在。批評家らが怒って当然だが、4歳からバイオリンを習って小6でモーツァルトの協奏曲第5番を暗譜で完奏できた、当時麻布中学にいた僕は、気持ちが手に取るように判った。批評家を怒らせたかったのだと。要は、判った気になる頓馬に正体を摑ませたくなかったのだ。

 2010年頃にTBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」で、前衛表現とされるプログレは、中流上層のぼんぼんの自意識に過ぎないと語り、一部が炎上した。スコアを初見で演奏できる、ビートルズが1962年に始めたロックを、単に変奏するが如き営みなどに耐えられるか!──麻布中学にはそんな輩が僕を含めてごろごろいた。そうした自意識が麻布中学を中学では滅多にない紛争校にした。要は「本当の僕を見て」というかま構ってちゃんだったのだ。

 中3で精神分析学に親しみ、構ってちゃんが例外なく分離不安の表れだと知る。僕がプログレに没入したのも、実は・・・・・自分と同じ「体験」を表現者らに見出したからだと弁えた。多くの人が表現者の「行為」から受け取った自らの「体験」だけを見て、表現者自身の「体験」を見ない。だから表現「行為」の新しさが「体験」されると無防備に礼賛する。
分裂病者の「行為」が不可解でも「体験」は完全に理解できると言うレインに塡まった所以だ(本文)。

 1988年に書き上げた戦後5番目の東大社会学博論「権力の予期理論──了解を媒介にした作動形式」も、ゲーム理論を使うから数理社会学だとのテンプレの理解だらけ。副題に示した「行為に注目する社会学はインチキで、体験に注目すべき」との趣意が理解されず、膝の力が抜けた。その頃に来日した社会システム理論家ルーマンを東大助手としてアテンド、予期概念をコアとする貴殿は「行為」ならぬ「体験」の平面で社会を捉えていると指摘した。

 立食の席で彼は「行為の平面は、体験の平面を前提に初めて同定可能」「行為は社会に事実をもたらすが、何をもたらしたかは体験の平面で決まる」と答えた。彼が、ウェーバーの伝統を誤解して「社会の要素は行為」とするのを退け、「社会の要素はコミュニケーション(選択連結)」とするのは、「行為は相手の体験を待って完結する」から。ウェーバーの「思念された意味が行為を同定する」も元はそれだが、頓馬が誤解した。

 この頓馬さは社会学者に留まらず近代社会一般に蔓延する。法は統治権力による暴力威嚇を背景とした命令だが、実験心理学者ジョナサン・ハイト『傷つきやすいアメリカの大学生たち』いわく、傷つきやすさは過剰コンプライアンス(法令遵守)で良心が通じない点に由来するとし、実例を示す。絶えず弱者を扮技する「黒人で女の院生」が論文を盗用。教授会案件になれば学問の道が絶たれるから、自発的撤回を求めて担当准教授が彼女の家をおとな訪う。

 ところが直ちにMeToo告発され、論文盗用問題がハレーションで吹き飛ぶ。准教授の上司の教授も論文盗用を知り、教授会の面々も大金持ちの彼女の「弱者扮技」を知るものの、ここで論文盗用を持ち出せば自分の地位にも大学のブランディングにも触ると考え、良心より地位保全の損得勘定を優先する二枚舌で准教授を辞職させた。コンプライアンス(法令遵守)が良心を破壊する実例=「傷付きやすさと生きづらさ」をもたらす事態の例だった。

 かかる事態をアリストテレスを踏まえて正確に予測したのが1992年のローティ(本文)。ここではコンプライアンス概念のアメリカ的劣化を、アメリカ社会学の劣化を帰結した前提として示そう。completeと同根で「完全に満たす」を指すラテン語源のcomplyは、17世紀に「相手の体験に譲る傾き(相手の期待に応える傾き)」としてcomplianceの語を派生した。法的命令は無関連だったが、80年代以降のアメリカで法令遵守の企業実務に縮んだ。

 社会生態系を見渡す視座から言えば、「体験」から「行為」に焦点をシフトすると体験能力を欠く損得ボット(クズ)にも参加資格が得られる。この「民主化」機能が、人にも組織にも好都合だったのだ。ルーマンいわく、社会を観察する代わりに過去20年ほどの業績をサマライズして、マートンの言う誰でも出来る類の実証調査で常識に毛が生えた程度の知見を記せば、アカデミックポストが得られるという「民主化」こそが社会学を頹落させてきた。

 この程度のことを反省できずにトランピズムの席巻で落胆するが如き営みは社会学ではない。そもそも人類は10万年尺度で「行為よりも体験」「法(暴力的強制)よりも掟(共同体的責務)」「不信ベースよりも信頼ベース」だった事実を数々の周辺学問が明らかにしたのに、「体験よりも行為」「掟よりも法」「信頼よりも不信」という80年代以降の反転の動きに疑義を示さず、後押しし続けてきたのがアメリカ社会学(のケツを舐める日本社会学)だった。

 共に19世紀末に始まった社会学と等根源的な人類学は、解釈学の長い伝統を弁えない社会学の愚昧な「当事者主義」に影響された劣化を一部で被ったものの(本文)、近代の外にある言語ゲーム(を支える唯物的生活形式)を参照してきた人類学者の一部はかかる社会学の劣化を名指しで批判した(本文のヴィヴェイロス・デ・カストロ)。なのに社会学者のオツムでは意味が分からないのか応答は皆無。だから、元の社会学はそうじゃなかったと応答することにした。

 本書は、多くの他流試合を重ねられた希代の人類学者・奥野克巳教授がコロナ前に僕のゼミに参加したことに由来する。教授が同年代の教授のゼミに参加するなど前代未聞なのに奥野教授は屁でもない。これまた「行為」より「体験」という命題を証立てる。コロナ禍が明けると僕は教授の動画チャンネルでの「宮台式人類学・全15回」の出講を依頼され、文字起こしをベースに「宮台式人類学」を公刊せよと迫られた。奥野教授の見事な術には感謝しかない。

 教授がゼミに来られたのは、両者のゼミに参加するマヤ暦研究家「みろく弓玉さま」が僕のゼミ内容を教授に伝えたのに由来する。これまた感謝しかない。僕の生態学理解が釈尊の縁起理解と同型だとして宮台3塾の荒野塾と界隈塾に参加し続ける、精神科医から天台宗の僧侶に転じた松田亮寛住職と、数々の世直し活動家を生んだ日蓮主義の在家団体國柱會の開祖たる田中智學と縁が深いお寺の釋潮叡住職の、両名の助けなくして仏教にここまで触れられなかった。

 松田住職の明長寺では、原始仏教から龍樹までの700年間の教理的展開を詳しく伺った。余りに明晰すぎて数学の講義を受けるようだった。釋住職の寶光寺では、深夜の床で本堂に向けて祈った瞬間にラップ現象を体験、本堂での動画配信中には僕が喋り始めた途端に行灯が無風なのに明滅する現象を体験、住職が「よし!」という意味だと語った。本書での僕の話は阪田晃一氏が事務局を務める荒野塾で話したことが元だ。深く感謝したい。

 新書300頁の依頼が500頁となったのに、宮台発言を一切削らずに会社内の関係者と粘り強く交渉された筑摩書房の編集者甲斐いづみ氏が、終盤になるほどゲッソリしてきたのには本当に胸を痛めた。こうした事情を顧みるほど「宮台の」と著者名を記すのが恥ずかしい。その気持ちを本書にある「言説の生態系が偶然に特定者の発話を然らしめる」という命題でも記した。全ては偶然だというボケ(ローティ)ではない。本当にそうだったのだ。

 注の作成は、14歳で僕の映画ゼミに、高校で無人島実践に参加、今は奥野ゼミに参加する宮脇陸人氏の手による。原稿段階でコメントをいただいた、教育ITベンチャー「リアプノフ」の医師冨永晃輝氏、全国から人が集まった共同体「ゆにわ」の投資家海沼光城氏が、僕を勇気づけて本書を判りやすくした。感謝申し上げたい。なおリアプノフは、宮台公式Web「miyadai.com」の、ゆにわは、公式Portal「miyadaishinji.com」の、運営者でもある。


序論

奥野克巳

 2018年に、東京都立大学(当時の名称は首都大学東京)の宮台ゼミに参加させていただいたり、トークショーで宮台真司先生とご一緒させていただいたりする機会がありました。それらの機会に、宮台先生は、折に触れて、「社会学はもう終わった、今は人類学の時代だ」と述べられていました。人類学の中では特に、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロらによって盛んになった「人類学の存在論的転回」に注目し、評価されているのが印象的でした。私はその都度、宮台先生は、今は人類学の時代とおっしゃいますが、そんなことはありません、人類学は人類学で問題が多いですよ、と返していました。

 その後、コロナの時期を挟むことになりましたが、人類学への関心に関して、宮台先生から、より詳しいことを聞いてみたいとずっと思っていました。2022年に、勤務先の大学構内での襲撃事件に見舞われ、生命の危機に直面されるという大変な時期を過ごされたこともあって、ようやく再びお会いする機会が訪れたのは、宮台先生が東京都立大学を定年退官された2024年春以降のことでした。

 2024年の年初に、有志で開設したYouTube番組「聞き流す、人類学。」のキックオフ・イベントを開催したことがありました。宮台先生にもお越しいただいたのですが、その席で、先史時代から初期ギリシアへ、近世のケネーやアダム・スミス、近代のマックス・ヴェーバーを経て、現代のデヴィッド・グレーバーやリチャード・ローティだけでなく、先住民の思考に至るまで、短い時間でしたが、テンポよく、今日の社会学や人類学に連なる学知の系譜を話されたのです。

 私にはこれまで、性愛、サブカルチャー、日本の政治や社会などに積極的な発言をしてこられた印象が強かったのですが、その時の話は、その裏側にある宮台真司の一貫した思想の体系を聞くようで、その後まで強く印象に残るものでした。同時に私には、その話の中に、宮台先生の人類学への関心の尻尾をつかんだように思えたのです。

 時間を少し巻き戻します。2023年に刊行した『はじめての人類学』(講談社現代新書)の中で私は、20世紀の初頭に、現代の人類学の祖とされるブロニスワフ・マリノフスキ以降に、長期の現地でのフィールドワークに基づく人類学が始められたことの背景には、ヨーロッパの行き詰まりや人々の生きづらさの感覚があったという見方を示しました。

 1914年に勃発した第一次世界大戦は、人類にとって初の総力戦であり、初の国家総動員体制が取られた、未曽有の大規模戦争でした。4年3か月に及ぶ中で、ヨーロッパ全体で855万人もの死者を出しています。それは、ヨーロッパに、想像以上に大きな精神的な打撃を与えたようです。詩人ポール・ヴァレリーは、1919〜22年にかけて、「精神の危機」と題する評論の中で、「ヨーロッパ文化という幻想がはじけ、知識では何も救えないという知識の無力が証明された」と述べて、第一次世界大戦を引き起こしたヨーロッパの精神の危機に言及しています。

 科学と合理主義が進展したその時代、人々は神の不在によって居場所を失い、ニヒリズムに陥り、機械製大工業の発達に置き去りにされ、総力戦を戦った果てに、ヨーロッパ文化の幻滅に直面することになったのです。私は、拙著『はじめての人類学』の中で、そのような戦争の時代に生み落とされたのが、人類学だったのだと説明したのです。

 20世紀前半は、科学技術が進展し、交通網が発達し、個人の海外渡航が可能になった時代でもありました。そんな時期に、人類学はヨーロッパの「外部」へと本格的に進出するようになりました。ヨーロッパから遠く離れた場所に出かけて、そこに長期滞在して、人間性の探究を進めていったのです。

 私の知る限りでは、人類学が誕生したのは、ヨーロッパの精神的土壌が荒廃したことを問い直し、人間であるとはいかなることかを探るためであったとする見解を示した人は、これまでいなかったように思います。その仮説は、今から100年ほど前の戦間期には、人類学と社会学がとても近しい関係を築いていたという事実にも関わっているように思えました。

 社会学は、フランス革命後の社会づくりがうまくいかない中で立ち上がってきた学問であり、第二次産業革命前後から、人間の実存に関わる様々な問題の検討に乗り出そうとしていたのです。そして、社会学と深く連携していたのが、戦間期までの人類学だったのです。

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 そのような経緯を踏まえて私は、言い換えれば、人類史の曙まで遡って、古代、近世、近代を経て醸成されたひとつの知の伝統としての社会学、さらには人類学のことを、宮台先生を通じて、もっとよく知りたいと考えたのです。そうすることで、先に少し述べたような、人類学が抱える学問上の歪みに対しても、何らかの光が与えられるのではないかと思ったのです。

 宮台先生に、どこかで現在の宮台思想を一冊の本にしてほしいということをお伝えする機会があればいいのにと思っていたところ、2024年の秋になると、宮台先生が、私たちの運営するYouTube番組「聞き流す、人類学。」のチームの仲間に加わってくださいました。その過程で、本を書いていただきたいという願いをお伝えするよりも、私自身が共著者として、本を作ってしまったほうがいいのではないかと考えるに至ったのです。それは、これまでに薄々感じられてきたのだけれども、取り組まれたことがない、高い価値のある学術的な試みであるように思えました。

 私自身は、人類学者の端くれとして、ヨーロッパの人間性の危機を乗り越えるために、特に、ヨーロッパの思想の流れの果てに、どのように人類学が立ち上がってきたのかということに大きな関心があります。宮台先生を通じて、その点をより深く掘り下げたいというのが、本書の大きな目的のひとつです。それは、先史から古代、近世、近代の思想を経て生まれた社会学との交点から人類学を捉え直し、「人類学の存在論的転回」を含め、21世紀の人類学の流れを捉え直したいという、個人的な知的な欲求によるものにほかなりません。

 でも、本書で次第に明らかになるように、宮台思想は、単にそうした過去から現在に至る特定の学問領域の課題にとどまっているだけではありません。タルコット・パーソンズ以降のアメリカ社会学への批判を踏まえて、ローティ以降の流れ、とりわけ、テック革命を加速させるテクノ・リバタリアニズムという現在から未来に至る課題に至るまで、その射程において、宮台思想は果てしなく広大かつ深遠です。私たちは、宮台思想からもっと多くのことを学ぶべきでしょう。

 しかし本書を読み進めるうちに、否応なく思い知らされるのは、宮台先生の深い洞察と思想が、単に過去から現在に至る特定の学問領域の課題に収まるようなものでは、全くないという事実です。動物と人間の心の問題を扱う比較認知科学から、初期ギリシア思想、キリスト教神学、西洋形而上学を経て、本書全体の核として論じられる産業革命以降の哲学・社会学・人類学に至るまで、さらにはプラグマティズムや政治哲学、トランピズム、テック革命にまで及ぶ思想的地平が、縦横無尽に語られます。その射程の長さと深さにおいて、宮台思想は、文字通り、途方もなく広大だと言わざるをえません。

 本書で展開される議論を追う中で、私は、宮台先生の語りの内部に、何十人もの知性が幾層にも折り重なって住み着いているかのような感覚にとらわれました。おそらく本書を手に取る読者も、同じ驚きと興奮を味わうことになるでしょう。その意味で、私たちは、宮台思想から、これまで想像していた以上に、はるかに多くのことを学びうるのだと思います。

 宮台先生が、さまざまなメディアやSNSで発信されてきた言説や、それに対する応答を追いながら、私がずっと感じてきたのは、「アンチ宮台派」は言うまでもなく、やや粗暴な言い方を許していただけるなら、「宮台ファン」もまた、宮台思想の核心と射程を、本当の意味では摑みきれていないのではないか、という違和感でした。そうした状況を踏まえれば、本書を通して宮台思想の全貌をあらためて整理し、その用語や思考の構造と運動を可視化するスタート地点に立つことには、特大の意義があると言ってよいのではないかと思います。

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 本書は、3部11講で構成されます。「講」と銘打ってあるように、一種の講義形式になっています。宮台先生と私の「対談」というよりは、まずは現在の宮台思想についての講義であり、そして私がそれを受けるという形式です。要は、私自身は一種のシャーマンとして、もっぱら宮台思想を読者の目の前に降ろしてくる役割を担うようつとめました。そして最小限の司会を宮台先生の私塾である界隈塾の世話人・加藤志異さんにお願いしています。そのため「会話」としては読みにくい部分が多少あるかもしれませんがご容赦ください。

 それぞれの部と講の内容を簡単に紹介します。

 第I部では社会学と人類学の等根源性と差異について焦点があてられます。

 第1講「社会学と人類学のオリジネータたちの時代」では、社会学と人類学が近接していた20世紀初頭から、その後の研究展開が辿られます。ロナルド・D・レインという精神科医との出会いを通じて、宮台先生が社会学の問いをいかに把握していったのかが語られます。また、「文明論」的な視点を持つことの重要性が強調され、法生活をベースにする「社会」という概念の説明がなされます。

 第2講「交差する社会学と人類学」ではまず、今福龍太の『ブラジルのホモ・ルーデンス』が取り上げられ、法生活以前の掟を重視する集団生活の重要性が述べられます。その上で、近代社会から外に出ていくという人類学の特徴が指摘されます。外部を参照して近代社会を見る社会学と、近代社会の内側を参照しながら「外部」を見る人類学は、学問の初期段階では交差していたのです。

 第3講「アメリカ社会学が忘却した「前提」への問い」では、近代社会の「内部」へと向かっていった社会学固有の関心がたどられていきます。特に、近代社会の近代以前の前提を検討することを忘却してしまったアメリカ社会学が批判的に検討され、ローティ以降にアメリカで展開したプラグマティックな思想とテック革命を推進する資本主義の展望が語られます。

 第4講「原的贈与を忘失した近代ヨーロッパ」では、社会学と人類学が立ち上がってくる前の近代ヨーロッパの思想史に焦点があてられます。フランソワ・ケネーのフィジオクラシーの思想が俎上に載せられ、ピュシス(万物)からの贈与が人間の社会経済活動の出発点にあった点を忘れずに考察することの重要性が示唆されます。

 第Ⅱ部では、宮台先生のこれまでの思考の軌跡がたどられた上で、存在論や人類学的思考への接近が語られます。

 第5講「宮台思想の前提にある人類学的視座」では、宮台先生の学問修養の時代から現在の思考と実践に至るまでの個人史が語られます。数理社会学をベースにして権力の問題を論じることからキャリアを始め、ナンパのフィールドワークに乗り出し、やがて近代社会の近代以前的な前提を等閑視するアメリカ社会学化による社会学の衰退を感じるようになるまでが語られます。

 第6講「前提を探る思考から宮台式存在論へ」では、エコロジーとは「前提を遡る思考」のことであるという観点から、持続可能な暮らしに迫っていった思想の系譜が語られます。その流れの中に存在論が位置づけられるのです。

 第7講「認識論を超えて前提を問う存在論的思考」では、「人類学の存在論的転回」に先立つ言語論的転回が取り上げられた後に、イヴァン・イリッチの思想を介して、ヴィヴェイロス・デ・カストロの存在論に焦点があてられます。多視座主義を孕むアニミズムが、文化相対主義との対比で言えば、「文化絶対主義」と名づけうるとされ、人類史における文化絶対主義の存続可能性が説かれます。

 第Ⅲ部では、人類史を起点に人間社会をどう語るのかに焦点があてられます。

 第8講「社会の誕生から劣化まで」では、過去300年の近代社会だけでなく、人類史を遡りながら、社会の起源を考えます。近代社会学の前提を疑い、人類学と並ぶ視点から、狩猟採集の掟が農耕定住で法へ移り、文明化で宗教も変わり、近代では法化と没人格化が進むと捉えます。

 第9講「法生活の開始と没人格化の進行」では、人類史を視野に入れて考えてみることの重要性が取り上げられます。古代の人類をふりかえってみることから、私たちが法生活をベースとする社会を生きていることが相対化されるのです。その後、ヴェーバーの唱えた「没人格化」という近代を考える上での重要な概念装置が、様々に形を変えながら、私たちが暮らす社会を論じるための基礎概念になったことに触れられます。

 第10講「古代ギリシア思想でとらえる社会と自然」では、古代ギリシアの万物学に立ち返って、人間について考察することの大切さが説かれます。法生活が営まれている社会の外側にある万物(ピュシス)は未規定なものであり、コントロールできないものであるという点から人類が出発したという点へと立ち戻ることの重要性が示唆されます。

 そして最後の第11講「これからの平等と自由を考える」では、本書議論が、【文化絶対主義、アニミズム、存在論 vs 資本主義の激化、加速主義、テック革命】という図式によって整理されうるという見通しが語られます。その上で、平等を重んじて自由を軽視する前者と、自由を重んじて平等を蔑ろにする後者の間の根源的矛盾をこれからの未来でどう乗り越えていけばいいのかが語られます。

 なお本書は、2024年末から1月にかけて、「聞き流す、人類学。」にて公開した「宮台式人類学」シリーズの動画11本を元に再構成したものです。丁寧かつ精緻に文章を整えることで、社会学と人類学の再統合の可能性を存分に語ってくださった宮台真司先生に心より御礼を申し上げます。膨大な作業に一貫して熱意を持って取り組んでくださった筑摩書房の甲斐いづみさんにもこの場を借りて謝意を表します。

 では、本編に移りましょう。